過去の経歴
|
選手時経歴
('72〜'75)
ナックルズ東ユース(日本)
('76〜'78)
ダニエル名古屋ユース(日本)
('80〜'82)
キューズ久米川(日本)
('83〜'84)
ファイブキックス野方(日本)
('85〜'88)
コローレカェーネ(イタリア)
監督時経歴
('90〜'95)
コローレカェーネ(イタリア)
('96〜'98)
AC.コウン(コウン共和国)
('99〜'00)
A.C.ワンワン動物園(日本)
('01〜'02)
バイオレットドックス徳島(日本)
('02〜)
F.C.SAUMA (日本)
('04〜)
F.C.SAUMA TOKYO(日本) |
| |
| ■主催者あいさつ
SFA 名誉会長 タモツ・A・パウニーニョ・タモチ
ある朝目が覚めると手が毛むくじゃらになっていた。ビックリするぐらい真っ白な毛がビッチリだ。おまけに掌はプニュプニュな肉球。あからさまに自分の姿が変わっている事が認識できた。
私の少年時代は犬っぽい事による偏見と差別の世界だった。確かにフリスビーや木の枝を投げられるとついつい追ってしまうが、見た目だけで人を判断する事はよくない。まして子供は純粋なだけに残酷な面を併せ持つ。思い出すだけでもゾッとする様な嫌がらせを受けてきたものだ。
そのため幼少の頃から私は一人でいる事が多かった。学校が終われば家路を急ぐ単調な日々。
つまらなく感じる生活をおくってきた私が唯一の楽しみにしていたのは、自宅の窓から見えるストリートサッカーを眺めることだった。どこからともなくあらわれる近所の子供達が繰り広げる『サロンフットボール』。後に「フットサル・ファイブ・ア・サイド」(フットサル)と総称されるそのスポーツとの出会いが私の人生を大きく変える事になるのだ。
対人恐怖症気味だった私がいつのまにかストリートに立っていた。決して勇気を振り絞って彼らに話かけたわけでなく、彼らのプレーに見入っているうちにルーズボールを追っている自分がいたのだ。そう。投げられたフリスビーや木の枝に駆け寄るように。
「犬チックだけど凄い足を持っているな。一緒に蹴らないかい?」
彼らのリーダー的存在である滝廉太郎風なメガネをかけた少年が笑いながら私にパスをくれた。
それからの私はより強く楽しいクラブチームを渡り歩いていく。さまざまな出会いを繰り返しながら私は「肉球剥離病」を患うまでフットサル選手として全力でプレーした。
選手を引退して監督業を経て、自ら創設したクラブチーム「F.C.SAUMA」の会長に就任してからとてつもない問題にぶつかる。当時、素人が気軽に参加できる男女混合のフットサルリーグが存在していなかった。だが長期リーグ出場への思いは強くなる。リーグ出場の思いが強くなればなるほど、各地で行われる講演で私は興奮気味に語った。
「誰も面倒みてくれないなら自分たちでやりたいようにやればいい!誰だってスーパースターになる権利はあるんだ!」
あれは忘れもしないうだるような夏に日だった。苛立つ私の話を講演で聞いていたのはあの男だった。
運命のいたずらか、少年時代、犬っぽいだけで理不尽な差別を受けていた私を救った少年。そう当時、滝錬太郎風メガネをかけた少年のおもかげを残した青年がそこにいた。
「犬チックだけどおもしろい事を考えるますね。一緒にリーグしませんか?」
昆虫のようなメガネをつけたその青年と私は、S1リーグを中心した様々な大会を企画することになった。
誰だって輝ける瞬間がある。
我々SFAはそんな場面を増やしていきたいし、その瞬間をより輝かせたいと思っている。SFAをきっか参加してくれた人が週末を一瞬でも楽しく感じてくることが何よりも嬉しい。 |
|